パブロピカソ(本人)

文芸同人のサイトです。

ハンドメイドの冥土 / 小川

世事に疎いので知らなかったが、
世間ではハンドメイドが流行しているようだ。

ハンドメイド、手で作ったもの。

作品を売買するサイトも充実しており、
検索すれば専門の通販サイトのひとつやふたつはすぐに見つかる。
よい時代になったものだ。

数年前に他界した私の祖母も手作業が好きな人だった。
もし彼女が生きていたら、彼女の作品を
こういったサイトに登録してやれたのに、と
考えて少々感傷的になった。
張り合いができたと喜ぶ祖母を想像すると、
してやれなかった事を数えてしまう。
思い出はいつも後悔ばかりを連れてくる。



数年前に他界した私の祖母は手作業が好きな人だった。
帰省するといつもベッドに腰をかけて、縫い物や編み物をしていた。
彼女は手作業が好きだった。
しかし彼女は不器用であった。

幼少期、祖母が作ってくれたピエロのぬいぐるみは
藁人形のような形をしておりどことなく不気味であった。
しかも、彼女は何かひとつの形を気に入ると同じ形のものばかり、
布を変えていくつもいくつも作るのである。
よって彼女の部屋には、無数の藁人形が吊るされていた。

無数の藁人形に囲まれて、祖母は新しいピエロを次々と生み出す。
祖母の部屋だけでは収まりきらずに、ピエロは私の部屋まで浸食し、
断りきれなかった親戚縁者の家にまで押し掛けていったものだ。



現在の私は、引き続き、ハンドメイドのサイトを閲しながら、
上記のような過去を思い出すに至り、一瞬の気の迷いを訂正したところである。

思い出はいつも美しいから困る。

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会議が終わった / 小川

会議が始まってすぐに、次のコミティアに出ましょうと誰かが言い出し
そうしましょう、と別の誰かが頷いて、話は決定。その後ずっと飲み食いしていた。

そういった運びで、11月のコミティアに参加を申し込む事になりました。
よく「受かった」という表現を目にするので、
申し込めば必ず参加できると言うものでもないのかもしれないけれど、
受かるにしても落ちるにしても、人生の随所に区切りができるのは
精神衛生上とてもよい、と私は思うものである。

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会議が始まらなかった / 小川

10日に会議をする予定だったが雨天延期。
13日に日を改める事となった。

水害に遭われた方に謹んでお見舞い申し上げます。

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黄色 / 小川

空が黄色い。

「完全なる首長竜の一日」と「オテル モル」を読了。
寝る前に30分だけ急速に休息を取ろうと思って
読み始めたのに、うっかり全部読んでしまった。

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会議が始まる / 小川

10日にサークルの会議があると言われた。

コミティアという新たな一歩を無事に踏み終わって、
さて二歩目をどこに着地させようかという会議である。
というとややこしいが、完結に言うと
次はなんのイベントに出てみようかを話しながら、飲み食いするという事だ。

しかし私は目下、本業が修羅場であり
そもそもその会議に参加できるだろうか不安を感じている。
文字通り寝る間もなく働いており、その合間を塗って
週に数度昏倒するスケジュールなので忙しいのである。

まぁしかし今後の方針を決める会議は大切だ。
出なければならない。
何よりも、働いてばかりでは人生の意味を見失う。
人生の意味のために出なければならない。
そして盛んに飲み食いしなければならない。

昏倒の回数を減らして、スケジュールを調整したい。

と現状では思っている。

Writing by 小川

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伸びゆく手 / 小川

自宅の日の当たる場所で、植物を飼育している。

本当はミーアキャットが飼育したいのだが、元々砂漠で暮らす生き物をこちらの事情で連れてくる行為に思う所があり…というのは嘘ではないがほとんどは虚勢で、実際には相当の手間がかかると聞いたからだ。
その点植物は、私は水さえ貰えれば全部オッケーですと主張するので、これは手軽だと思ったのである。
しかし、その考えは甘かった。

最初、私は彼らを昼なお暗い玄関に配置した。
来客があった際に、玄関に植物があると暮らしに余裕があるように見え、人的評価が高まるのではないか期待したのだ。
だが、その場所で彼らは次々に萎れていった。

どうしよう、と一度は慌てたが、しかし今は便利なことにインターネットがある。分からぬことがあれば調べればよい。
電源を入れて立ち上がった画面に質問を打ち込むと、すぐさま明るいとこで育てろよばーかという返答があった。
そうか、私は馬鹿であったか。

思い当たる節があったが、我が家で日の当たる場所といえばベランダしかない。
わざわざベランダまで見て、私を高く評価してくれるような来客があるだろうか。
しかし、私は友達が驚くほどいないので、来客のほとんどは宅急便や出前であり、彼らに「暮らし向きに余裕がある」と思われても、思わぬ事件に巻き込まれるなどの可能性が高まるだけでいいことなどなにもないから、別にどうでもいいと思い直して、植物をベランダへ移送した。

移送された彼らはみるみる元気を取り戻し、よかったよかったと思っているうちに些か育ちすぎた。
植物のひとりである蔓性の植物が網戸にその触手を伸ばしつつあるのだ。
植物に関して完全なる素人を自認している私はなんとなく気の毒で蔓を切ることができない。
だから見つける度に、ここは借家であるから家財道具に巻き付くのはやめるようにと言い聞かせて、そっと蔓を解いているが、ここのところ、私の仕事が忙しく頻繁に見回りができずにいる。
それをいいことに、蔓植物はふと気がつくと網戸に触手を絡ませて満悦しているのだ。

だからといって玄関に戻せばまた意気消沈して、嫌がらせのように萎れるに違いない。

いつか我が家は植物に支配されてしまうのではないかと戦慄している今日この頃である。

Written by 小川

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