パブロピカソ(本人)

文芸同人のサイトです。

やっほ〜い

大雪

スポンサーサイト



PageTop

加齢 / 小川

過日、同年代の友人と談話していた際に「歳を取りましたね」
「若い頃はこうでしたね」という発言をしたところ、おばさん臭いと非難された。

おばさん臭いもなにも、私は三十路をとうに越して
立派なおばさんであるから、臭いではなく本物のおばさんである旨、伝えると
「開き直るな」と糾弾を受けた。

そもそも世間話が目的であったので、揉めるのは本意でない。
そうそうに話を切り上げたが、どうも腑に落ちない。
なぜ加齢を話題にしてはいけないのか。全然納得できない。

若い頃から私は、人と話をするのが苦手であった。
今でも苦手である。

うまく会話の波に乗れないし、一言返せばいいところを長考してしまう。
そして何より、他者との共通の話題を持っていない。

テレビを見ないし、スポーツもしない。
音楽や漫画は好きだが偏ったものしか知らない。
売れているものは大体全然知らないものである。
小説は読む方だけれど、これは逆に周りに読む人が少ない。
時事問題は話題にすると場が荒れるので、あまりしたくない。

よって友達が少なく、という事は共通の知人という存在がなく
「あの人最近どうしてる?」という会話もできない。

だから、若い頃の私は会談の席で脂汗を流しながら
あぁ、中年になったら「歳を取ったね」「若い頃はよかったね」
という話題でさぞかし盛り上がれるのに、と嘆息していたのである。
それなのに、いざ中年になったらこの始末だ。

大体において「若い」なんていう事に、それほどの価値はない。
それは勿論、若い人の体から発散される
「命の輝き」としか呼び様のないものは尊く、美しいと思うけれど
思い返してみると、自らが輝いてる間は輝いている事に気付いていなかった。

命そのものではなくて、顔面造作などが肌の張りなどで
より美しく演出されるという効果もあるが
それはもともと美しい人の話で私には関係ない。
私のような不細工の肌が水を弾いたところで脂性なんだな、と思われるだけだ。

顔面造作がよくない人間は
むしろ若い頃よりも歳をとってからの方が
見られるようになるケースが多い。

誰とは言わないけれど著名人の顔面遍歴を見ても
若い頃は個性的な顔面で、
正直言ってちょっと気持ち悪いよねと言われていたような人が

歳を重ねてからは、味が出てきてむしろいい感じになった、なんて例はよくある。
それは勿論自意識の問題も多分に絡んでくるとは思うが
いずれにせよ不細工はむしろ歳を取ってからの方が楽しいのではないだろうか。

こんな風に私は考えるものだが
こんな事を言っても負け犬が強がってると思われるのが関の山だろう。

来るべき40代に期待して、結局、私は家に引き籠る。

writing by 小川

PageTop

黄色 / 小川

空が黄色い。

「完全なる首長竜の一日」と「オテル モル」を読了。
寝る前に30分だけ急速に休息を取ろうと思って
読み始めたのに、うっかり全部読んでしまった。

PageTop

伸びゆく手 / 小川

自宅の日の当たる場所で、植物を飼育している。

本当はミーアキャットが飼育したいのだが、元々砂漠で暮らす生き物をこちらの事情で連れてくる行為に思う所があり…というのは嘘ではないがほとんどは虚勢で、実際には相当の手間がかかると聞いたからだ。
その点植物は、私は水さえ貰えれば全部オッケーですと主張するので、これは手軽だと思ったのである。
しかし、その考えは甘かった。

最初、私は彼らを昼なお暗い玄関に配置した。
来客があった際に、玄関に植物があると暮らしに余裕があるように見え、人的評価が高まるのではないか期待したのだ。
だが、その場所で彼らは次々に萎れていった。

どうしよう、と一度は慌てたが、しかし今は便利なことにインターネットがある。分からぬことがあれば調べればよい。
電源を入れて立ち上がった画面に質問を打ち込むと、すぐさま明るいとこで育てろよばーかという返答があった。
そうか、私は馬鹿であったか。

思い当たる節があったが、我が家で日の当たる場所といえばベランダしかない。
わざわざベランダまで見て、私を高く評価してくれるような来客があるだろうか。
しかし、私は友達が驚くほどいないので、来客のほとんどは宅急便や出前であり、彼らに「暮らし向きに余裕がある」と思われても、思わぬ事件に巻き込まれるなどの可能性が高まるだけでいいことなどなにもないから、別にどうでもいいと思い直して、植物をベランダへ移送した。

移送された彼らはみるみる元気を取り戻し、よかったよかったと思っているうちに些か育ちすぎた。
植物のひとりである蔓性の植物が網戸にその触手を伸ばしつつあるのだ。
植物に関して完全なる素人を自認している私はなんとなく気の毒で蔓を切ることができない。
だから見つける度に、ここは借家であるから家財道具に巻き付くのはやめるようにと言い聞かせて、そっと蔓を解いているが、ここのところ、私の仕事が忙しく頻繁に見回りができずにいる。
それをいいことに、蔓植物はふと気がつくと網戸に触手を絡ませて満悦しているのだ。

だからといって玄関に戻せばまた意気消沈して、嫌がらせのように萎れるに違いない。

いつか我が家は植物に支配されてしまうのではないかと戦慄している今日この頃である。

Written by 小川

PageTop